
監修
柄澤 玄宏
ゆらし療法についての臨床経験をもとに記事の医学的内容を確認しています。
肉離れの応急処置といえば「とにかく冷やせ」。部活でもスポーツクラブでもそう教わった方は多いでしょう。しかしスポーツ医学の世界では、この常識に疑問を投げかける動きが出ています。
アイシングのメリットとデメリット、そして最新の考え方を整理します。
RICE処置の功罪
RICE(安静・冷却・圧迫・挙上)は1978年に提唱された急性外傷の応急処置法です。そのシンプルさゆえ世界中に急速に普及し、40年以上にわたってスポーツ現場・救急医療で標準的な手順として教えられてきました。

しかし興味深いことに、提唱者自身が2014年に「RICEの根拠は弱い。特にアイシングと完全安静は回復を遅らせる可能性がある」と見解を撤回しています。「炎症反応を抑制するあらゆる手段は治癒を遅らせる可能性が高い」と明言し、自らが広めた手順の修正を求めました。
この撤回はスポーツ医学界に大きな影響を与えましたが、現場への浸透には時間がかかっています。日本のスポーツ指導者の多くは現在もRICEを基本の手順として教えており、部活動のマニュアルや保健体育の教科書にもRICEが掲載されています。「常識」の更新が進んでいないのが現状です。
アイシングが長引くと何が起きるか
受傷直後のアイシング(15〜20分程度)は、局所の痛みを鈍らせ、過度な腫脹を抑えるという目的では一定の意味があります。問題は「何時間も」「何日も」冷やし続けるケースです。
冷却は血管を収縮させます。これは出血を抑える効果がありますが、同時に損傷部位への血液供給も減少させます。損傷組織の修復には酸素、成長因子、免疫細胞の供給——つまり血流が不可欠です。
ここで炎症反応の仕組みをもう少し詳しく見てみましょう。筋線維が断裂すると、まず好中球(こうちゅうきゅう)(「掃除役」の免疫細胞)が数時間以内に損傷部位に集まり、壊死した組織の除去を始めます。
続いて24〜48時間後には、壊れた組織を「食べる」細胞(マクロファージ)が到着します。この細胞は壊死組織を除去するだけでなく、成長因子を放出して、新しい筋線維の形成と血管の再生を促します。つまり炎症は「害」ではなく、修復プログラムの第一ステップなのです。

長時間のアイシングで血管収縮が続くと、これらの免疫細胞と成長因子が損傷部位に十分到達できません。炎症を完全に抑え込むことは、修復に必要な信号伝達まで止めてしまう可能性があるのです。
回復のカギ——ウォッシュアウトという考え方
簡単に言えば、損傷部位の「がれき」を血流で洗い流すことが回復のカギになります。
スポーツ医学誌の研究では、受傷後1〜3日の段階で血液循環を促進すること(ウォッシュアウト=老廃物の洗い流し)が回復にとって重要であることが示されています※1。適度な運動負荷によって微小循環が促進され、損傷部位の代謝産物や壊死した細胞などの「がれき」が排出されやすくなるのです。

こうした考え方の転換を端的に表しているのが、「安静」から「適切な負荷」への移行です。2010年代にスポーツ医学誌上で提唱された「POLICE」(保護・適切な負荷・冷却・圧迫・挙上)では、完全安静の代わりに「組織が耐えられる範囲での段階的な負荷」が推奨されました。
完全に動かさないと筋肉が痩せたり関節が固まったりし、瘢痕組織(はんこんそしき)(傷跡のような硬い組織)の配列も乱れやすくなります。適切な刺激が加わることで、新たに形成される組織の線維が整列し、質の高い修復が促されます。
では「適切な負荷」とは具体的にどの程度なのか。明確な数値基準は確立されていませんが、「痛みが増悪しない範囲」が基本的な目安です。痛みは組織からの警告信号であり、痛みが出る動作は負荷が高すぎることを意味します。逆に、動かした後に痛みが悪化せず、翌日に腫れが増えなければ、その負荷は許容範囲と考えています。
受傷後の時間軸で考える正しい対処
| 時期 | 目的 | 推奨される対応 | 避けるべきこと |
|---|---|---|---|
| 受傷直後〜数時間 | 痛みの緩和・過度な腫脹の抑制 | 15-20分の短時間アイシング、圧迫、安静 | 無理に動かす、ストレッチ |
| 1〜3日後 | 血流の回復と修復プロセスの促進 | 痛みの出ない範囲での穏やかな動き | 長時間のアイシング継続、完全安静 |
| 4日〜2週間 | 組織の修復と筋機能の回復 | 段階的な負荷増加、痛みのモニタリング | いきなりの全力復帰 |
| 痛み消失後 | 再発防止 | 残存する硬さの確認、復帰プログラム | 「痛くないから完治」と判断すること |
上記はあくまで一般的な目安です。実際には損傷のグレード、部位、年齢、日常の活動量によって適切な対応は異なります。同じII度損傷でも、デスクワーク中心の人と毎日走る陸上選手では必要な対処が大きく違います。
「3日経ったから次のフェーズ」と機械的に判断するのではなく、痛みや腫れの状態を日々確認しながら段階を進めることが重要です。判断に迷う場合は、スポーツ医学に精通した医療機関に相談してください。
RICEに代わる新しいフレームワーク——PEACE & LOVE
2019年にスポーツ医学誌で提唱された「PEACE & LOVE」は、急性期と亜急性期を分けて考える新しい枠組みです※2。RICEやPOLICEに代わる指針として、現在のスポーツ医学で最も引用されている考え方のひとつです。
PEACE(急性期・受傷後1〜3日)の各項目は次のとおりです。P=保護——痛みが出る動作を避け、損傷を拡大させない。E=挙上——患部を心臓より高く保ち、むくみを軽減する。A=抗炎症手段を避ける——アイシングや消炎鎮痛薬は炎症を抑えるが、炎症は修復に必要なため過度に抑制しない。C=圧迫——弾性包帯などで圧迫し、腫れをコントロールする。E=教育——患者自身が受傷の仕組みと回復の見通しを理解することで、過剰な不安や不要な治療を避ける。
注目すべきは「冷却」が外され、代わりに「抗炎症手段を避ける」が入っている点です。

LOVE(亜急性期以降・数日後〜)は次の4項目です。L=適切な負荷——痛みの範囲内で段階的に荷重し、組織の修復と適応を促す。O=前向きな心構え——心理的な不安や恐怖心は回復を遅らせるため、良い見通しを持つことが重要。V=血流促進——有酸素運動で心拍数を上げ、損傷部位への血液循環を改善する。E=運動——可動域の回復、筋力強化、体の位置感覚の再訓練を含む段階的なリハビリ。
RICEの「安静」とは対照的に、段階的な負荷と血流の促進が重視されています。
ただし現実として、日本のスポーツ現場ではまだRICEが主流です。学校の部活動では「まず冷やせ」が定着しており、指導者向けの講習でもRICEを前提とした応急処置が教えられていることが多い。PEACE & LOVEの考え方が広く浸透するにはまだ時間がかかるかもしれませんが、少なくとも「冷やし続ければいいわけではない」「炎症は敵ではなく味方でもある」という視点は、当事者として知っておく価値があるでしょう。
まとめ——アイシングの新常識
RICE処置は40年以上にわたり「常識」でしたが、提唱者自身が2014年に見解を撤回しています。受傷直後15〜20分の短時間アイシングは痛み緩和に有効ですが、長時間の冷却はかえって修復を遅らせる恐れがあります。
炎症反応は「害」ではなく、免疫細胞や成長因子が損傷部位を修復するための第一ステップです。受傷後1〜3日の段階で血液循環を促進すること(ウォッシュアウト)が回復のカギとなり、完全安静よりも「痛みが悪化しない範囲での動き」が組織修復を促します。
「とにかく冷やして安静に」ではなく、炎症を味方につけて段階的に動かすことが、回復への近道だということです。
監修
柄澤 玄宏(からさわ整形外科クリニック院長)
日本整形外科学会認定専門医。東京医科大学卒。
参考文献・ソース
- ※1 Bleakley CM, et al. PRICE needs updating, should we call the POLICE? BJSM. 2012;46(4):220-221.
- ※2 Dubois B, Esculier JF. Soft-tissue injuries simply need PEACE and LOVE. BJSM. 2020;54:72-73.
- Mirkin G. Why Ice Delays Recovery. 2014.(自身のウェブサイトでRICEの見解を撤回)



